タフらいと誕生物語【第2章】(2)

本当ですか!(香港のビアレストランにて)

 当時、顧客対応の“営業所”で顧客向けの技術サポート(開発本部ではない)であった彼は、たった一人で世界をあっと言わせる技術を開発した。当時問題とされていた、衝撃による“音飛びの雑音“を無くしただけではなく、当時、電池駆動最長の3時間を誇っていた、S社製品を軽々と飛び越し、8時間駆動を実現したのである。その名前は、“ショックウエーブ”。

 そのソリューションは、瞬く間に世界中のメーカーに採用され、世界シェア80%を占めるに至った。それが圧巻であると言い切れる理由は、彼が、開発環境もない、営業部門の地方の一営業所で、たった一人で行ったという事である。通常このような商品開発は、研究所も含めた様々な部門と人で構成され、多額の開発予算を計上して、組織的に行われる。そうしないと、“できない”からである。

 しかし、彼は、それをたった一人で成し遂げてしまったのである。

 その開発したマイコンチップは、数十年経った今でも、『怖くて誰も触れない』と言われ、開発時のまま、単に製造プロセスがシュリンクされたまま、現在でも残っている。

 

 とはいえ、そんな天才技術者でも、既に技術開発の現場から離れて10年以上は経過した今は、単なる不動産賃貸業の大家さんである。

 その彼が、当時世界中の注目を浴びていたLED電球の超重要課題は解決できるとは、さすがに私も思ってはいなかった。ただ、彼ならば、何かのちょっとしたヒントぐらいはくれるかもしれない、もしくは、『それはできないんだよ』という最後の引導を私に渡してもらおうか、くらいの全く軽い気持ちで、彼に尋ねたのである。

ところが、である。帰ってきた答えは、なんと

『できると思うよ。多分』

であった。