タフらいと誕生物語【第4章】(1)

誕生そして挫折

 最初の紹介では、誰も相手にされなかった私は、この世紀の発明が実際に、実現可能であるということを立証しようと考えた。つまり、『世界最長のLED電球ができる事を、形にして見せてやる。現物を見れば皆もきっと驚き、この良さをわかってくれるに違いない』と考えた。

 私は、幸い“世界の工場”である中国華南地区にいた。街には大小の工場が、たけのこのように乱立しており、世界中のあらゆる製品がここで生産され、出荷されていた。つまり、『ものを作る』という事においては、非常に便利な場所にいた。

 しかし一方で、中国における最大の懸念は、『情報の流出』及び『技術レベルの低さ』でもあった。この両方を解決できるパートナーが必要であったが、それは、私の知る限りにおいて、実現不可能のように思われた。特に、『情報の流出』については、限りなく不可能ではないかと感じていた。
 もし仮に、潤沢な資金や大きな注文でもぶら下げることができれば、お金の力で多少はそれを得る事はできるかもしれないが、私は、どちらも全く持ち合わせていなかった。 結局は、何もアクションも出来ず、注意深く次の機会を伺うしか方法がなかったのである。


 そうしているうちに、ここに一つの運命的な出会いが訪れる。この出会いは、中華圏においては何よりも大事な『人と人の絆』の関係に発展し、その信頼関係は今も全く変わっていない。

 彼との出会いは、ある台湾人の紹介であった。私は、実は、最初は心の底では信用できない中国の会社ではなく、台湾系の人脈を使っての商品化の道を探っていた。なぜなら、台湾は、技術的にも本土に比べてもレベルが高く、西洋風のビジネスの文化が通じるためである。
 その台湾の知人から、中国人にしては珍しく、責任感もあり、高い技術レベルを持っている間違いのない人物がいるという紹介を受けた。もともとその台湾人を信頼していた私は、早速、その彼に会いに行くこととなった。